Wed, January 07, 2026


人生は選択の連続。変化のリスクを取りたくないと同じ選択しかしない生き方を選択した男性。親になる変化とストレスに耐えられず、生まれて間もない娘の存在をなかったことにするため虐待(ネグレクト)を始めた。

 

 

 

 

 

この動画の前まで、日々の生活に変化を創りながら、ご自身にとって最善の変化を選択できるようになっていくトレーニングについてお話しさせていただきました。 

 

 

 

 

 

ですが、変化にはリスクが伴います。必ずしも変化が自分の頭で考えた思い通りの結果になるとは限りません。ですから、このリスクも受容しつつ、トライアンドエラーから学びつつ、自分を理解し赦しながら、人生を進んでいくことで、自分らしい選択について学び、大きな変化を起こせるようになってきます。 

 

では、全くこのリスクを許容できず(頭で考えた失敗を許容できず)、変化を望まないケースでは何が起きうるのか?極端な例ですが、考えさせられるケースでしたのでご紹介いたします。

 

以下、人生のつらい内容が含まれているので、お読みになる際にはご自身の裁量でお進みください。 

 

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リスクと起きたことへの責任を取りたくないと同じ選択しかしない生き方を選択したある男性。父親になるストレスに耐えられず、娘の存在をなかったことにするため、生まれて数週間経った頃から虐待(ネグレクト)が始まりました。 

 

父親から小さな赤ちゃんへの度を越した虐待は、赤ちゃんにメンタルの症状の一つである、解離(簡単に言うと、身体から自分自身の意識が離れている状態)が生じてもやむを得ないと思わされるほどでした。父親は怒りが強く、周りに当たり散らすことがありました。母親も父親の怒りが自分に向かないように、娘をスケープゴートにして父親と一緒に虐待(ネグレクト)したのです。 

 

この赤ちゃんは、情操教育に重要だと言われる3歳までの間、両親からまともにコミュニケーションを取ってもらえず、おもちゃも与えられませんでした。

 

幼い頃から食事もまともに与えられず、一人で菓子パンなどで食事させられました。

 

泣くと足をつかんで床に落とされたり、口にガムテープを貼られました。

 

外でニコニコしても、家に戻ると母親から口にガムテープを貼られました。 

 

保育園などにも預けられず、家には折檻部屋まで作られました。部屋は暗く、窓もなく電気も点けてもらえませんでした。おねしょやウンチをしても布団を洗ったり干してもらえない。

 

もちろんお風呂に入っても洗ってもらえない。

 

トイレトレーニングでおもらししたり、ウンチをしたりすると、両親が娘を懲らしめるために、ウンチを娘の顔に塗りつけたそうです。

 

まともにお風呂にも入れてもらえないので、陰部が感染を起こしてかゆく苦しい。

 

家族の中で一人だけ、歯は虫歯だらけでした(子供の虫歯はネグレクトのサインになることも)。 

 

一人ぼっちで折檻部屋に入れられ、食事はそこで菓子パンなどを与えられ、暗い顔で下を向いて一人でかじりました。不快な場所ではありましたが、臭いのために親はあまり入ってこないので、娘さんにとってはある意味、両親からの暴力を受けない安全な場所になってしまったのです。 

 

4歳から幼稚園に行くようになりましたが、お腹が痛くなっても両親には病院にも連れていってもらえないので、仕方なく幼稚園の先生に頼んで親に連絡してもらってやっと治療を受けることができました。 

 

子供の頃、父親とファミレスに食事に行く時には、同じ店で、たくさんあるメニューの中から、父親と同じメニューしか選ばせてもらえない。父親がリスクを取りたくない(変化したくない)ため、同じメニューしか選ばず、子供にもそれを強いたのです。 

 

5歳の頃、父親と歩く時によちよち楽しそうに先に歩いていると、突然怒り出した父親に手をつかまれ、そのまま引きずられて川に突き落とされ、ずぶ濡れになったこともありました。娘はショックと怖さでさらに解離しました。

 

それ以降、娘は人に従う生き方しかできなくなってしまいました。 

 

母親は娘が自分より幸せになることが我慢できず、娘に自分は幸せになれないと信じ込ませていました。

 

年の離れた弟が生まれると、母親は弟を夫の代わりにするかのように溺愛するようになったので、ますます娘さんは家の中で孤立していきました。 

 

そのようなひっきりなしの過酷な状況に、娘は日常的に解離するようになってしまいました。 

 

娘は解離性同一性障害を発症しましたが、周りに気づかれることがなく、その女性の性格だとして、長らく周りに気づかれることがありませんでした。

 

母親に結婚しないの?と言われ、30歳代の時に結婚しようと思って婚活したこともありましたが、結婚詐欺師のような男性に被害を受けたことで、異性とのお付き合いが怖くなり、結婚自体も止めてしまいました。

 

大学卒業後家を出てからずっと一人暮らしになったことで、なおさら気づかれにくい状況が生じてしまったのでした。 

 

気づかれたのは、50歳代に入ってから。うつ状態になって初めてメンタルクリニックに来院されたことがきっかけでした。 

 

50歳代の方ですが、人生の大半を解離して過ごしていたので、自分の人生を生きることができていませんでした。

 

娘さんは、常に周りの顔色を窺い、父親に愛されるために、父親と同じようにリスクを取れなくなり、母親に愛されるために、幸せになれないと思い込んでいました。 

 

この娘さんの場合には、前世療法に効果がありました。先に前世を思い出し、今世の学びを明らかにし、前世の課題をほぼ学び終えてから、今世の子供時代を思い出すことになりました。 

 

日常的に解離しているために、子供の頃の過酷な経験については、50年以上、ほとんど覚えていませんでした。両親もそのことについては話すこともなく、昔の写真を見る機会があっても、母親は「当時は忙しかったのよ」と言う程度でした。ですから、娘さんは、両親の状況を理解して、子供の頃からずっと続いてきた孤独感をヒーリングしようとしていたのです。 

 

ですが、解離のために日常的に仕事にも人間関係にも大きな支障を来すようになり、原因を探るために今世の過去を思い出さざるを得ない追い詰められた状況になって、やっと、思い出すことができたのです。 

 

それまで口数は少ないけれど普通の家族、だと思っていた娘さんは、思い出した内容の過酷さにもショックを受けましたが、思い出せば思い出すほど、回復していくので、勇気を振り絞り、集中して次々に思い出していきました。 

 

ずっと記憶の底にあった一人ぼっちの苦しいネグレクトの経験を、少しずつ信頼関係を築いてきた友人たちに思い切って話をしたとき、皆が生き延びてきた彼女の力を褒めました。

 

理解されたことが、娘さんにとって大きな力になりました。共感してもらえるのが嬉しくて、娘さんは急速に回復していきました。 

 

娘さんは、自分がなぜ子供の頃から写真でいつも悲しそうな顔をしているのか、やっと理解できたと仰いました。

 

大人になっても、友達と写る写真では大きな笑顔なのに、両親と写真に写ると悲しそうなぼんやりした表情になってしまうのです。 

 

父親は同じ職場で最初から最後まで勤め上げました。ただ、母親曰く、途中で他社から父親に引き抜きがあったそうですが、父親がリスクを取れずに、よい条件を提示されたのですが転職できなかったのだそうです。母親はそれが不満でした。 

 

両親は二人共、一生涯世間にどうみられるか、自分たちの親にどうみられるか、を非常に気にしていました。すでに80歳代になった父親は生涯怒りが強く、無口な方ですが、周囲に威嚇するような怒りを放ちまくっていました。

 

娘さんが大学を卒業し、家を出た後、両親は同じ家の中にいても、互いにほとんど口を聞かず、別々の部屋で過ごすようになりました。一緒にいるのは用事で外出する時のみでした。 

 

この気づきは、娘さんのご両親への理解を変えていきました。娘さんは、父親が変化のリスクを取れず、変化に対して変わらない選択をしたために、ネグレクトにつながったことに気が付きました。

 

虐待を受けていても、母親が守ってくれず、さらには虐待に加担したことはショックでした。 

 

その責任を最初娘さんは自分の責任にしていました。赤ちゃんの自分が、泣いたりして親を困らせたからだと考えていました。しかし、言葉を話せない赤ちゃんにとって泣くのは仕事だと理解し、行き過ぎた両親からの虐待は自分のせいではない、と理解した時に、娘さんは過去から解放されました。 

 

両親は自分たちは変わらず、周りを変えようとしていたのだと娘さんは気が付きました。そして娘さん自身は、親とは別の道を行き、自らを変え、思いっきり幸せになる選択をしたのです。 

 

最終的に、この娘さんは両親とは一緒にいることを選択せず、自分を守るために家族と断絶することに決めました。両親のことは弟家族がケアをすることになっていましたが、両親からは独身の娘さんに介護をしてほしいというそれとない意向がきていました。

 

しかし、娘さんは両親との連絡を絶つことでNoと伝えることにしました。母親からは数年間で数回安否確認の電話が来ましたが、それっきり音沙汰がなくなりました。 

 

治療には何年もかかり、三歩進んで二歩下がるような状況が繰り返されましたが、娘さんは諦めませんでした。 

 

解離を治療するカギは、娘さんが「自分の人生を取り戻したい。自分の人生を生きたい。」と心から願うこと。恐れず変化し続けることを受け入れ楽しむことでした。

 

実はこの娘さんは、誰よりも変化を愛し、冒険し、才能にあふれる方だったのです。生まれ直しのような人生の旅をすることになりました。

 

また、内なる神とのつながりを深めることで、外界の自分を傷つける存在(両親等)に頼るのではなく、自分の内に確固とした拠り所を見つけることになり、それが自信につながりました。 

 

人生を取り戻したい、と強く願った時、娘さんは生まれたての赤ちゃんのように見えました。自宅で、体の奥から「ばぶー、ばぶー」という声が出てきたのだそうです。封じられていた赤ちゃんの声を取り戻してきたのでした。(生まれ直しの経験)

 

赤ちゃんのように楽しそうに笑い、ニコニコするようになりました。 解離の際には自分自身が体から離れてしまうので、これまで自分の体を感じることがほとんどできなかったのですが、次第に体の声を聴けるようにもなってきました。

 

その様子を拝見し、彼女の内面の強さと美しさに感銘を受け、なんと可愛らしく、どれほどの才能を持った女性だろうと思いました。 私もここまで生き延びてきた彼女の強さを称えました。

 

そして、封じられていた自分を一度「全て」解放し、その上で改めて、自分が本当に望む選択をしていくことを勧めました。

 

これから一体どのような人生が待っているのか、私もわくわくしています。 

 

この娘さんの両親は、娘さんから幸せな子供時代、喜び、人生のチャンス、等など色々なものを奪いました。しかし、ここで生き直しのプロセスを経ることで、人生を取り戻そうとしています。

 

ここからが、人生の大逆転の時です。 

 

解離の時にはご本人に何が起きているか自覚がなく、解離していることが周りにわかりづらかったため、治療の際にはスピリチュアル・ガイダンスがとても役立ちました。解離し、身体から自分自身が離れている(娘さんの言葉では、逃げている)状況になる時に、解離していることをスピリチュアル・ガイドが教えてくださることがあったのです。

 

また、この娘さんに強みを教え、人生の使命を共に明らかにし、治療のカギになる前世に神様方が導いてくださったりもしたのでした。娘さんを守り育ててくださった神様方に心から感謝です。 

 

 

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註1:当方の文章には、スピリチュアル・ガイドという言葉が出てきます。ここでは、スピリチュアル・ガイドの定義に、その方にとって最も高次の存在(神様等*)を含めています。どうぞ予めご了承ください。 

 

 *「神」という部分には、ご自身の信じる最も高次の存在、例えば神、仏、宇宙、先祖、ご自身のスピリチュアル・ガイド、パワーアニマル等を入れてくださいね。  Please replace "God" with what you believe, such as God, Buddha, the Universe, ancestors, spiritual guide(s), power animals, etc. 

 

註2: スピリチュアル・ガイドの定義について:  https://ameblo.jp/past-life-therapy/entry-12452658776.html  

 

註3: 調略について:  https://youtube.com/shorts/ejYWvSlFzCI?si=uBK4I9CXxxgcJHqW  

 

註4:当方のYoutube channelの動画の中で鈴木がエネルギーを描写することがあります。エネルギーを表す表現は人によって異なることがあります。皆様はどのように感じますか?ぜひご自身の表現を大切に感じてみてくださいね。よろしければ、プレイリストのフランス・オルレアンとこの動画の場所の土地のエネルギーとの間の共通点や違い等を感じてみましょう。 特に何も感じない場合には、どうぞ無理せず、ご自由にこの動画をご活用くださいね。ありがとうございます。  

 

註5:(音声について) 心に浮かんだことを紡ぎながらお伝えしているので、話が飛ぶことがあります。必要に応じて、話と話の間をつなげながらお聞きいただけると幸いです。 また、字幕をつけるにあたり、より内容を正確に表現するために、一部文章を変更しています。  

 

註6: こちらで行っている聖域を創る片付け等のProject Management Consulting Services は医療行為ではありません。 また、こちらで行っているblessingは、宗教ではありません。